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福岡地方裁判所 昭和46年(わ)523号 判決

被告人 小島こと小嶋欣二

昭二〇・八・一一生 会社従業員

主文

被告人を懲役二月に処する。

この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四六年六月二四日午後九時二〇分ごろ福岡県粕屋郡古賀町大字古賀一、二五八番地東福岡警察署古賀巡査部長派出所で、福岡県司法巡査福島隆から参考人として取調られていた荒巻清に対し、「何も言わんでよかろうが。」と言いながら同人の頭部を平手で二、三回押えつけた。そこで、司法巡査志戸一徳(当時二五才)が、被告人に対し、「何をしよるか。」と言つて注意し、捜査の妨害となる被告人を派出所外に連れ出そうとして、被告人の腕を取つたところ、被告人は、司法巡査志戸一徳に対し、「何か、やるか。」と怒鳴つて同巡査の上腕部や胸倉をつかみ、手拳で数回胸部等を突くなどの暴行を加え、もつて同巡査の職務の執行を妨害し、右暴行により同巡査に加療約一週間を要する右鎖骨部、両上腕部、右腹部打撲傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

一  適条

被告人の判示所為中、公務執行妨害の点は刑法第九五条第一項、傷害の点は刑法第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、それぞれあたる。そして、みぎ公務執行妨害と傷害とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として重い傷害罪につき定めた懲役刑で処断することとする。

二  犯罪の情状

1  本件起訴に至るまでの経過

一件記録によると次の事実が推認される。

被告人は、罪となるべき事実欄記載の犯行により、昭和四六年六月二四日午後九時二〇分すぎごろ東福岡警察署古賀巡査部長派出所で、いずれも東福岡警察署に勤務する司法巡査志戸一徳、同田北利蔵、同福島隆により、公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕されて司法警察員に引致され、みぎ司法警察員から留置の必要がないとして昭和四六年六月二六日釈放された。被告人は、昭和四六年六月二五日東福岡警察署で司法巡査石橋敏幸から取調を受けた(被告人の司法巡査石橋敏幸に対する供述調書)。そして、被告人は、昭和四六年八月四日福岡地方検察庁で検察事務官から取調を受け(被告人の検察事務官に対する供述調書)、昭和四六年八月三一日起訴された。

2  情状

(一) 一件記録によると次の事実が認められる。

(1) 本件犯行は、被告人が酒に酔つたうえでの偶発的犯行であること、

(2) 被告人は、釈放された日の翌日である六月二七日志戸一徳巡査に対し、犯行の際破つたポロシヤツ一枚のかわりにスポーツシヤツ一枚を渡し(志戸一徳作成の受領書)、弁償をしていること、

(3) 被告人は、昭和三六年春福岡県宗像郡福間町立福間中学校を卒業して、福岡県粕屋郡古賀町久保所在、西部電機工業株式会社に入社し、本件犯行に至るまで約一〇年間同会社に勤務していたが、昭和四六年六月二八日本件犯行によつて諭旨解雇されたこと、

なお、被告人は、昭和四六年七月二八日から花王製品福岡販売株式会社に入社し、倉庫関係の職務に従事しているが、一か月の収入は、西部電機工業株式会社に勤務していたときに比べて約一万円少ないこと、

(4) 被告人は、司法巡査及び検察事務官の取調の際、並びに、当公判廷においても、終始本件犯行を認めると共に、本件犯行について深く反省し、二度と事件を起さないよう今後まじめにしていきたいと誓つていること、

(5) 被告人は、昭和四四年六月一〇日福岡簡易裁判所で傷害罪により罰金八、〇〇〇円に処せられている(前科調書)が、禁錮以上の刑に処せられたことがないこと、

(6) 被告人は、昭和四六年四月ごろ妻恵美子と結婚し、夫婦間は円満であること、

本件犯行当時、父は病床にあり、被告人の本件被疑事件のことを案じつつ昭和四六年八月一八日死亡し、現在被告人は、母と妻と弟ひとりと同居し、一家の主柱として働いていること、

なお、被告人の妻の父中村茂美は、当公判廷で、被告人が二度とあやまちを起さないよう被告人を指導、監督していきたいと述べていること、

以上の事実が認められる。

(二) 司法巡査が被告人を逮捕して間もなく被告人に暴行を加えたかどうか。

(証拠略)及び弁論の全趣旨によると、被告人が前記1記載のとおり、昭和四六年六月二四日午後九時二〇分すぎごろ東福岡警察署古賀巡査部長派出所で司法巡査志戸一徳らによつて公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕され、東福岡警察署に連行されるべく、古賀巡査部長派出所内の取調室(みぎ見取図に田北刑事取調室と記載されている部屋)で、両手に手錠をはめられたまま床に尻をつけて両膝を立てて坐つていたところ、司法巡査志戸一徳は、みぎ取調室に入つてきて、いきなり靴履きのまま被告人の胸部を一回蹴つたとの疑がないとはいえない。証人志戸一徳、同田北利蔵の当公判廷における各供述中、みぎに反する部分は信じ難い。

そうすると、司法巡査志戸一徳が被告人を逮捕して間もなく被告人に暴行を加えたとの疑がある(なお、被告人は、当公判廷で、蹴られた部位が腫れて青くなつていた旨の供述をしている。)。

(三) 司法巡査が自己の公務の執行を妨害した犯人を現行犯逮捕して間もなくみぎ犯人に暴行を加えた場合についての考察

(1) 司法警察職員が国家の刑罰権を行使するに際しては、個人の基本的人権の保障を全うしつつ、刑罰法令を適正に適用しなければならない(憲法第三一条、刑事訴訟法第一条、刑事訴訟規則第一条第二項、なお、憲法第三六条参照)。司法巡査による現行犯人逮捕の場合には、司法巡査が特定の者を現行犯人と認めて逮捕に着手したときから、国家の刑罰権の行使が始まる。したがつて、司法巡査が現行犯人を逮捕して間もなく、みぎ犯人に暴行を加えたときには、司法巡査の行為は、憲法第三六条、第三一条、刑事訴訟法第一条の規定に違反するとともに、国家の刑罰権の行使に際して瑕疵があるものということができる。そして、逮捕手続中に「法の適正な手続の保障」の侵害がなされたときは、検察官及び裁判所がみぎ犯人に対し刑罰権を行使するにあたつては、この点を最も重くみるべきである。なぜならば、国家が刑罰権の存否と範囲とを確定するにあたつては、適正な手続によつて行われなければならないからである。

(2) 往古は、「手にて手を償ひ、足にて足を償ひ、傷にて傷を償ひ、打傷にて打傷を償うべし。」とあつて、被害者側が加害者に対し被害と同程度の害を加えて仇を報いていた。しかし、復しゆうは適当な程度と範囲とを超えて公の秩序を害するところから、復しゆうなる私刑が禁止され、国家の刑罰権をもつて加害者を処罰し、公の秩序の維持に努めてきた。

司法巡査が自らの職務の執行を暴行によつて妨害した者を公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕し、逮捕後間もなくみぎ犯人に暴行を加えたときには、刑罰権の行使にあたる国家の側からの仕返しということができ〔国家の刑罰権を行使する機関が司法警察職員と検察官(及び検察事務官)と裁判所とに分れているのは、国家機関の内部での関係であり、犯人に対する関係では、国家対犯人として考えるべきである〕、国家が刑罰制度を設けた趣旨に反するものである。みぎ犯人に対し、検察官及び裁判所が刑罰を行使するにあたつては、国家の側の違法行為により犯人が奪われた利益との均衡を十分に考慮すべきである。

(3) 刑法第九五条第一項の公務執行妨害罪は、公務員に対する加害行為のみが問題とされて非公務員に対する加害行為が除外され、しかも、その妨害行為を単に公務員に対する暴行、脅迫に限定している。この点を考えると、みぎ公務執行妨害罪は、公務そのものの保護を目指すとともに、ひいては公務員個人の身体の保護をも図つているものと思われる。次に、傷害罪の保護法益は人の身体である。

したがつて、司法巡査が自らの職務の執行を暴行(傷害)によつて妨害した者を、公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕し、逮捕後間もなく、みぎ犯人に対し暴行を加えたときには、刑の量定上、保護法益の面からも考慮を加えるべきである。

(4) 以上(1)から(3)までの考察に基き、前記(二)の事実を刑の量定にあたつて重くみることとする。

三  刑の量定

前記二の犯罪の情状並びに被告人の年令、被告人が逮捕されたときの状況その他諸般の事情を考慮し、懲役一月以上一〇年以下の刑期の範囲内で、被告人を懲役二月に処し、刑法第二五条第一項を適用して、この裁判の確定した日から一年間、右の刑の執行を猶予する。訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。よつて主文のとおり判決する。

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